護身棒
旅先で気をつけなければいけないのは、ぼったくりやスリに置き引きに詐欺に盗難、それだけでなくもっと重篤な被害として「強盗」がある。
強盗の場合は、ぼったくりと違い相手と怒鳴りあってなんとかなるものではない。
おまけに強盗はだいたいにして中身が旅行記にも書けないくらい深刻だ。幸いオレは今まで強盗に襲われたことはないが(後述するように警戒ぶりが半端ではないため)、ともかくさくら剛の旅行記はおもしろみじめなところがウリなので、リアルに笑えない強盗事件に遭ったとしてもそれはやはり書けないだろう。記憶に封印するしかない事件だ。被害が大きい上に旅行記にも書けないとしたら、それはおそろしく死にものぐるいで遭遇を避けなければいけない事柄だ。書けないとしたらどんな苦しい目にもあいたくない。おもしろくならない経験は人生でいらない。
これが強盗ではなく、野生動物ならまだ対処のしようはある。みなさんご存知のように過去にはアフリカで野生のヒョウを手なずけたり、インドではベンガルトラから村を守ったりアマゾン川ではピラニアの群れを食い尽くしたりしたオレなので、地球上の生物であれば人間以外ならなんとかする自信はある。動物界最強のムクですらオレには頭が上がらないのだから。
ほらみろこれを!
ところが、これが武器を持った人間だとどうにもならない。
なにしろ人間が一番悪い。ライオンやトラならまだ男らしく素手で挑んでくるため条件は互角だが、人間の悪党はナイフや銃といった卑怯な武器を携帯している。これではいくら南米で忍術を、中国で少林拳を身につけたオレといえども太刀打ちできない。
なのでオレは旅の間たいてい護身道具を携帯している。
メキシコからの中南米では、このようなミニバットを常に持ち歩いていつでも近づく人間を殴れるように警戒していた。
メキシコ・メリダにて
中南米は、タクシー強盗や首締め強盗が多発しているので本当にシャレにならない。
インドでも、旅行記でも書いたが「クリケットのバット」を常時持ち歩いていた。日本でバットなど持ち歩いていたらすぐにつかまるだろうが、その点海外だとわりと自由でありおとがめ無しである。
インドではクリケットが大人気で子供もよく道端でバットを振っているため、クリケットのバットを持っていても不自然ではない。
しかし子供に大人気のクリケットなので、クリケットのバットを持ち歩いていると「なんか重いなあ」と思いきやインド人の子どもがぶら下がっていたりすることがある。頭に来る。はなせコラ。
インド・ジャイプルにて
そして中国でも、やはり護身用の警棒を携帯していた。
なにしろ中国だけにイメージとして強盗も容赦がないような気がする。ちょっとでも抵抗しようものならすぐに青龍刀でズバーンと真っ二つにされそうな気がする。
ちなみに他の国では都市部がもっとも危ないのだが、なぜか中国ではその逆らしく都会よりも田舎の方が凶悪犯の出現率が高いそうだ。ドラクエ風ですね。
しかし、棒術を使えば孫悟空とも対等に渡り合えるほど強すぎるという噂のさくら剛なので、この警棒さえ身につけていれば鬼に金棒以上の底力を見せつけるのだ。
中国・大理にて
ちなみにこの警棒を買ったのは、雲南省の街角にあったこんな売店だ。ドラクエ風の国なのでこんな武器屋が普通に存在するのである。こんぼうにどくがのナイフ、どうのつるぎやはがねのつるぎなどいろいろ取りそろえている。ただしおそらく海賊版だが。
路上の露店でこんなものを売れるというのが中国の自由さ、ないしは危なさをよくあらわしているのではないだろうか。強盗が「あっやべえ、ナイフ家に置いてきちゃった!」と忘れ物に気付いても、簡単にそのへんの露店で購入できるのである。おかげで忘れ物をしても仕事に支障が出ないのだ。
しかし結局のところ、こういう護身用具を持っていても実際に強盗が来たら戦うかといったら、戦う気は全くない。
なにしろヘタに争うのは状況を悪くするだけで、相手を本気にさせて命の危険にまで発展する可能性がある。
だからオレは常々思っているのだが、女性が護身術として合気道や空手、ボクシングなどを学ぶのは、健康のためならまだしも護身のためとしては全く役に立たないと思う。何十年と稽古を積んで師範にでもならない限り、いくら合気道で段を取得しても女性は乱暴な男には勝てない。草食系男子には勝てるとしても草食系男子は強盗なんてしないので、強盗をしようと思うようなそれなりに腕に自信のある男には、合気道5段の女性でも絶対に勝てない。空手の有段者でも勝てない。むしろ相手を逆上させて被害が大きくなるだけなので、個人的には護身のために格闘技を学ぶということは女性にはおすすめしない。「安全な道を歩く」というのがいちばんの護身術である。
だからオレも警棒やバットでいざ強盗と戦おうとは思っていないけど、その前に強盗に「あいつ、なんかバット持ってるから抵抗されたら面倒なことになるかもしれないからやめておくか」と思わせるように、そのために常々バットを持っているのである。実際に「金を出せ」とナイフを突きつけられたら、あっさり全部渡してしまうと思う。
タクシーに乗る時も、特にタクシー強盗多発地帯の中南米では車に入るやいなやオレはバットを振り回して、運転手に対してバット携帯のアピールをしていた。郊外に連れて行って金を盗ろうとしようものならまずは後ろからおもいっきり殴るからなと言わんばかりに。
ともかく中国でも、何も考えずに旅をこなしているように見えて実は警棒なんかを常に持って緊張感のある毎日を過ごしていたということを、なんとなく想像しながら来月発売の「中国なんて二度と行くか!ボケ!」(幻冬舎文庫)を読んで欲しいなあと思っている今のところなのであります。