パナマ入国の日4
奇跡の生還を遂げた行方不明者・Kくん
前回の続き
1日目の昼に全ての食料を消費してしまっていた彼は、「人は何も食べずに動き続けようとするとどうなるか」ということを思い知ることになるのであった……
まず第一の症状は、「身体が言うことを聞かなくなる」ということであった。とにかく早く帰ろうという意識はあるのだが、少し歩くと足が動かなくなってすぐに座ってしまう。休んだ後に歩き出してもまたすぐに座ってしまう。自分の意志とは無関係に体が勝手に座ってしまう。そうして心は前進しようとも体は動かず休み休み、非常に能率の悪い前進となったのである。
そして第二の症状は、「身体が冷たくなる」ということだ。このボケテ近郊は野宿をしても平気なくらい温かい気候で、しかもずっと体を動かしているのにも関わらず彼は寒くてずっと鳥肌が立っていたという。
しかしなんとも体が動かなくなってきた頃、突然Kくんを救う救世主が現れた。
それが、パナマ国籍、山の中在住の気持ち悪いスネークくんである!!!
オレは、こんな気持ち悪い話聞きとうなかった。
なんでも、Kくんが草をかき分けて進んでいると水たまりに蛇がいて、そしてKくんの姿を見て一目散に逃げ出したらしい。彼も一瞬「うわヘビだ!」とひるんだのだが、その次に頭に浮かんだのはなんと「貴重な食料を逃がしてたまるか!!」という思いであったというのだ。アホかおまえはっ!!!
そして彼は近くの石を拾い、それを使って地元在住のスネークくんを楽にしてあげ、そして木の枝に吊して持っていたナイフで皮をはいだのだ。「なんか切れ目を入れるだけで皮は下まで一気に取れちゃうんですよ。簡単でした」というKくん談である。
その時に彼が撮影した、ヘビと2ショットの写真を見せてもらったのだが、ひと目見て「イヤーーーーッ(泣)!!」とオレは叫んだ。気持悪すぎるんだっっっ!!! これを触るどころか食えるやつがこの地上にいることがオレは信じられないっ!!! いやんバカっ!!!
こんなの
http://cache.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/26086001146.jpg
どう見ても毒があるじゃねえかよ。
Kくんもこれは毒蛇だと直感で思ったらしいが、「毒蛇は噛まれたらやばいだけで肉を食べるのは大丈夫だ」という発想に基づいてこのヘビの皮をはいで生で食べたらしいのだ。
生で食べたらしいのだ。
たしか「『グラップラー刃牙』で、毒蛇には噛まれると死んじゃうけど肉を食べる分には安全だと読んだことがあるんですよねー」と彼は言っていた。とんでもないところでマンガの知識が役に立ったもんだ。
生で食べた結果、「最初はなんか気持悪いと思ったんですけど、食べてみたら刺身みたいで美味かったですよ」というKくん談であった。
聞きとうない。
そうして山中の毒蛇を喰らいヘビを自らの血肉としやや立ち直った彼は、ひたすら歩き倒してなんとか3日目の夜に山から出ることができた。
さて、山の入り口から町まで、既に交通機関がなくなっている時間であったためにヒッチハイクでもしようと考えていると、たまたま彼の前にパトカーが通りかかった。町まで連れて行ってくれとお願いするとあっさり乗せてもらえたのだが、それもそのはず、そのパトカーはその時、日本人行方不明者を探して山の周辺をパトロールしていたところだったのである。
しかし、車内で警官が「おまえはもしかして山の中で行方不明になっていた日本人か??」と尋ねると、Kくんは「いや、それはオレのことじゃないよ」と答えたのだ。なぜかというと、彼は自分では全然行方不明になったつもりはなかったのである。
彼にとっては、自分は道は間違えたけどただ時間をかけて真っ直ぐ進んで真っ直ぐ戻って来ただけで、全く行方不明になんてなっていないという考えだったのだ。腹減って動けなくなりはしたけど、彼自身は「迷った」という認識は無く命の危険も全然感じておらず、まさか自分が行方不明者として捜索されているとは本気で夢にも思っていなかったのである。
警官も警官で、自信満々でそう言われたもんだから「ああそうか違うのか」と納得してしまい、そのまま彼を町まで親切に送り届けてあげたのだ。KくんもKくんで、「おなかすいたから宿に帰る前になんか買って行こう」と地元のスーパーに普通に買い物に行った始末である。
ところがKくんが買い物をしていると、また1人の警察官が彼を見つけて話しかけてきた。その警官はKくんにちゃんと名前を尋ねた。そして返ってきた答えを聞いてびっくり!! こいつはまさに自分たちが前日から捜索している行方不明者ではないか!! 行方不明者が行方が不明でなく、普通にスーパーで買い物をしている!! 小腹が減ったので夜食を買おうとしている!! これはどういうことだ!! ということで、警官はあわてふためいて無線で応援を要請、ドヤドヤとやって来た警官の一団にスーパーの食品売り場でKくんは囲まれ、そこでようやく自分が捜索の対象になっていると言うことに気付いたのであった。
これがパナマ入国時にオレが遭遇した日本人旅行者行方不明騒動の顛末だったのである。 終わりのようで感想に続く