パナマ入国の日3
前回の続き
彼は、「ボケテの町の近郊にある山の向こうの村」へ観光に行こうとして、道を見失ってしまったらしい。
通常、「地球の歩き方・中米」にも記載されているその村までは、日帰りで余裕で訪れることができる距離である。彼も当然その日のうちに帰るつもりで、食料は昼食用のパンだけを持って行きそしてそのパンはしっかり昼食として食べたのだ。つまり、山に入って初日の昼の時点で、彼の全ての食料は無くなってしまったのである。
その山道は元々はそれなりに整えられて看板もついていたようなのだが、なにしろ旅行者はコスタリカからパナマシティまでダイレクトで移動してしまう人間がほとんどで、中間であるこんなへんぴな場所にはなかなか来ない。よっていつの間にか山道に設置されていた看板は朽ち果て倒れ、正しい道を示すサインはなにも無くなってしまったのだ。
彼はその日山に入り、ただ真っ直ぐ山道を進んでいただけなのだが、それがいつからか正しい道ではなくなり、見当違いな方向に歩いてしまっていた(自分はそうと気付かずに)らしいのだ。
同じような迷い方を、オレもマレーシアのジャングルで経験したことがある。ジャングル奥の小屋に一人で寝泊まりしそこから村まで帰ろうとする時に、「これが道のはずだ!」と信じて突き進んでいたら徐々に道幅が狭くなりそのうち道が完全に途絶え藪だけになり、「ああ、オレが歩いていた道だと思っていたものは道ではなかったんだ……」と気付いた時のあの恐怖感。「オレ、ジャングルで迷子かも」と思った時の背筋を走る寒気。今思い返してもゾッとする。
しかしKくんの場合にラッキーでなおかつアンラッキーだったことは、「道を間違えていたのにまだちゃんと道があった」ということだ。つまり正解の道ではないところを歩き続けていたのだが、道が途切れたわけではなく獣道のようなラインがずっと川沿いに走っており、そこをひたすら彼は進んだのだ。
もしその獣道がなければ間違いに気付いてすぐに引き返すことができただろうが、しかし獣道が無かったとして仮にその何もないところで迷ってしまったらそれはもう命取りになる。一方、獣道があったことによって「道に迷ったのだけど真っ直ぐ進んで来ただけなので帰る方向はわかっている」という状況であったわけで後々帰ることが容易になったのだが、しかし下手に道があったために間違えているのに気付かずずんずん進んでしまったのである。
本来日帰りの距離のため昼には山の向こうの村に到着するはずなのだが、いっこうに村の気配がないまましかしKくんは「あれ、こんなに遠いなんて聞いてねえなあ」と思いながら夜まで歩き続けてしまったそうだ。
食べるものもなくただの山の中なので、その日は木の下でそのまま野宿したという。この時に彼はまったく焦っていなかったというからすごい。野宿がイヤだなあとも思わなかったそうなのだ。さすが、これが根っからの旅人の姿だ。オレとは違う。
ちなみに、もしオレが同じ「山の中の道を歩いているけどまったく村が見つかる気がしない」という状況に陥ったとしたら、オレの場合は「ここまで歩いてきた道をそのまま真っ直ぐ引き返してぎりぎり日没までに出発点に戻ることができる時間」までは前進し、それでも村が見つからなかったら、潔く引き返すことを選択するであろう。野宿などできるわけがないという潔癖症体質と暗い道は怖いという臆病さからの判断であるが、安全面を考えればこれが正解でしょう!! 不安なくベッドの上で寝たいじゃん!!
そして、2日目。Kくんは、また引き続き同じ道を村を目指して歩いた。この期に及んでまだ村の観光をしようとしていたのだ。なんという執念深い観光客だ。
幸いなのはその獣道沿いに浅い川が流れており、おかげで方向を混乱させなかったということ、そして飲み水があったということ。彼は歩き続け……、その1日も水以外はまったくなにも腹に入れないまま、そして村に着かないまま、夜になってまた野宿をしたというのだ!!
これで2日である。しかし、さすがにこの時点で彼も、遂に「これは道を誤ったな」と自覚した(遅い)。木の下で2回目の野宿をしながら、「明日はボケテの町へ引き返そう」とようやく決意したのである。
一方その頃。
彼と同じ宿に宿泊していた白人旅行者が、日帰りのトレッキングに出かけたはずのKくんが、昨日から帰って来ていないということに気付いた。
これは大変だ!!
すぐに宿を通して警察に通報され、その時点で行方不明者としてKくんの捜索が始まったのである。同時に新聞社にも通報が入り、彼が宿に置いて行ったパスポートから顔写真を引用して記事が作成された。パナマ全土で発行されたその新聞が北の国境近くでも配布され、おかげでオレがその顔写真と似ていたためにバスターミナルで身元を確認されたのである。
一方その頃。
3日目の朝。まだ日も昇らぬ早朝に、彼はようやく反対方向へと引き返し始めた。道に迷ったといっても、正しい道を見失っただけであり、川沿いに一直線に歩くだけで町へ戻れることはわかっている。
問題はただ、Kくんの体力と食料であった。山の中でまる2日歩き続けている状態での絶食である。そして3日目の彼は、「人は食べないで運動し続けるとどうなるか」ということを身を以て知ることとなったのだ! 続く