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日本人宿

 帰国前にどうしてもこれは書いておきたかったということがある。「どうしても書いておきたかった」と言うとまるで書くことを職業にしている人や書くことが得意な人みたいで生意気なので、言い換えるとどうしても言いたかったことがある。それは、海外で日本人宿に宿泊する人々についてのことだ。

 中南米にも、大きな観光地や首都には日本人旅行者が多く集う、岩緩(いわゆる)「日本人宿」と呼ばれている安宿がある。そういうところになぜ日本人が集うかというと、日本語で喋れるという安心感、宿の中の治安がいい(盗難が少ない)という安心感、あとは情報交換がし易いというメリットがあるためだ。日本語で書かれた旅人同士の寄せ書きのような「情報ノート」と呼ばれるものもあり、ガイドブックには載っていないマニアックな情報が得られることも多い。

 しかし、はっきり言ってこういう日本人宿というのは、結構な確率で人間のクズどもが集まってしまう場でもあるのだ。
 もちろん基本的には、ごく普通の常識的な旅行者が集まる場ではある。しかし、そんなごく普通の旅行者が、長期滞在している少数のクズどものせいで大変居心地が悪くイヤな思いをしなければならない、というのが多くの日本人宿の現状であるのだ。

 このあたりのことは旅行中に他の日本人旅行者と何度も話し合って合意した内容であるので、別にオレだけが強硬に主張していることではなく、普通の旅行者はほとんどみな共通して思っていることである。「ああ、オレもあの宿はすげー感じ悪かったからすぐ次の町に移動したんだよねー」という話が誰からともなくポンポン飛び出るように、旅行者にその町の滞在を諦めさせて、無理やり次の場所に移動せざるを得なくしてしまうほどの居心地の悪さを持つ日本人宿が世界中にいくつもあるのだ。

 ある日本人宿に滞在した時に気分良く(というか普通の気分で)過ごせるかどうかというのは、そこに「閉鎖的な長期滞在グループ」がいるかどうかという、この1点にかかっているといえる。逆に言うと、その宿に1ヶ月も2ヶ月も居座っている長期滞在者がおらず、短期滞在者のみで宿が構成されている場合はたとえ宿自体の設備が少々悪かろうとも周辺の治安が悪かろうとも、ほとんどの場合とても雰囲気良く日々の旅行生活を送ることが出来るのである。

 今回の旅での個人的な経験では、メキシコシティのサンフェルナンド館、クスコのペンション八幡、リマのペンション沖縄などは短期滞在者ばかりもしくは長期滞在者がいてもちゃんと挨拶も会話も出来るまともな人であったため、気持ち良く宿泊することが出来た。逆に、グアテマラ・アンティグアのペンション田代、キトのホテルスクレ、ラパスのホテルエルソラリオなどはまさにダメ人間の巣窟という表現がぴったりの、腐りきった雰囲気であった。スクレとエルソラリオは、夜遅くまで白人含めたバカどもが騒ぐしあまりにも(一部長期)滞在者のレベルが低く雰囲気が悪過ぎるためにオレも1泊だけして宿を移るハメになったほどだ。

 とはいえ、これは決してその宿自体の問題ではなく、単に宿泊者だけの問題であるので今名前を挙げてしまったそれらの宿も現在の時点では最高な環境・ワンダフルな雰囲気に変わっている可能性は大いにあるし、逆にオレが雰囲気が良いと感じた宿が今はイマイチになっているかもしれない。実際、メキシコシティのサンフェルナンド館はオレは今回の旅で最高の部類に入る良い宿だったなあと思っているのだが、後にペルーあたりで知り合った日本人旅行者はメキシコに滞在していた時期が悪かった(数年前)らしく「あの宿だけは二度と泊まりたくない」と散々に文句を言っていた。やはりその時には長期滞在グループが偉そうにのさばっていたらしい。

 具体的にそういう長期滞在者がどういう態度かというと、これはもちろん全員に当てはまることではなく一部の長期滞在者ということであるのだが、まず、挨拶をしないのだ。
 長期滞在者は、本当に挨拶をしない。
 こんな母国から何万kmも離れた南米まで来て同じ宿に日本人が泊まっているのだから、初めて出会った時、そして1日で最初に顔を見かけた時は、先に気付いた方が「おはようございます!」「こんにちは!」とにこやかに挨拶するのが当たり前であるし旅人としていや人として基本の礼儀なのだ。しかし、長期(悪)の奴らは向こうから先にこちらに気付いても、全く挨拶をしようとしない。ニコッともしないである。むしろ、通りかかってもそのまま無言で通り過ぎる始末である。テレビを見ていたら無言でテレビを見続けるし、マンガを読んでいたら無言でマンガを読み続ける始末である。
 もちろん、それでもオレは(そして他の常識的な旅行者も)向こうに素通りされそうになっているなと感じてもオレが相手に気付いた時点でこっちから「こんにちは!」とにこやかに挨拶をするようにしている。これは、半分はマナーとして当たり前だという気持ちと半分は「てめえバカか挨拶くらいしろよガキじゃねえんだからよ」というイヤミの気持ちも含まれた、2重笑顔の挨拶である。

 しかし、たとえそのようにこちらから挨拶をしたとしても、1.笑顔にならずムスッとしたまま低音で「こんにちは……」と面倒くさそうに返って来る 2.ムスッとしたまま(偉そうに、上から目線で)頭だけちょっと下げる 3.ムスッとしたまま無視 4.バカにしたような笑い(特に女に多い)
 の4パターンのうちのどれかの反応が来るのである。
 これが日本人か?? こんな奴らがおそらく日本で「オレ昔南米を1人で旅してたことがあってさ~」と武勇伝のようにそれしか自慢するところが無いものだから自慢げに語るものだから、その人物の周辺の人々から時によりバックパッカー全体が低俗でしょーもない人間だと思われてしまうことがあるのである。
 また挨拶だけでなくその先も、こちらから何か話しかけた時も、基本的に反応が無いことが多い。本当に面倒くさそうなのだ。別に難しい質問や教えて教えてと質問攻めをしているわけでもなくただの世間話を友好関係を築こうとして投げかけている時にも、こちらの顔を見ようともせず、ぶっきらぼうにひとことふたこと返って来るだけである。そのくせ、既に彼ら彼女らが仲良しグループを形成している同じ長期滞在者メンバーがやって来ると、人格が変わったかのようにいきなり楽しそうに夜中であろうとバカでかい声で笑い声をあげて大はしゃぎで騒ぎ出すのである。

 基本的にこいつら長期滞在者・悪(※もちろん長期滞在者・善もいるが今回は長期滞在者・悪についてだけの意見を述べております)は、その宿に長く滞在している人間はここ最近宿にやって来た旅人よりも、「自分の方が偉い」と思っているのである。こちらの挨拶に頭をちょっと動かすだけで応じるところなど、まさにその思想をよく表している。その態度は体育会系の先輩が後輩に取る態度であるのだ。
 彼らは、日本で誰に対しても先輩になれず敬ってくれる人間も1人もおらず、居場所が無く心が満たされずどうしようも無いものだから、海外に出て移動も観光も放棄して日本人宿でだらけて短期滞在者に対して偉ぶってみて、そこでようやく自分は誰かよりも偉いんだと自分だけで納得して心の隙間を埋めているのである。その惨めな心情には多少同情の気持ちも沸くが、しかしそれで迷惑をかけられてはたまったものじゃない。ましてや日本人宿の居心地が悪いせいですぐにその町の観光を切り上げなければならない旅行者が何人もいるほどだから、もはや迷惑とはいえ犯罪的である。前述のペルーで会ったTくんはそのせいでメキシコシティをすぐに離れることになったし、コロンビアで会ったAさんはアンティグアを1泊で出る羽目になったのである。

 そのアンティグアのペンションTというところにオレが滞在していた時、食事後に帰ったら宿の鍵が開かずに四苦八苦したことがある。滞在者は各自自分用に鍵を渡されているのだが、その宿の入り口の扉の鍵というのが時によりどうにも外から開けるのが難しい(閉まり具合により開けるコツがいる)ことがあり、たまたま同じ時間に帰って来た他の宿泊者と2人でどうやって開けるんですかねー、右回しですかねー、左回しですかねー、ダメですねー、なんてやっていたのだ。
 結局5分ほどガチャガチャやってなんとか開錠、ドアは開き宿に入ることが出来たのだが、その時ドアを開けてすぐ目の前の宿の共有スペースには、宿PCを使ってメールチェックの真っ最中の長期滞在者(若いヒゲヅラ男)がおり、オレはあまりの驚愕で開いた口が塞がらなかったのである。
 というのは、そのドアは外から鍵を使うと今のように時折開けるのが困難になることがあるのだが、中から開ける場合はただ取っ手を引っ張るだけなのである。つまり、オレたち2人の宿泊者があーでもないこーでもないと騒ぎ立ててガチャガチャやっている時に、彼はその騒動を耳にしながら「中から開けてあげよう」というほんの5秒で出来る親切にも思い至らずに、平気で自分だけのメールチェック作業を進めていたのだ。
 宿の中にいる時に外から誰かがドアを開けようとしたらその音はとても良く聞こえるし、実際にオレが中にいて外で鍵を開けるのに苦労している人がいたので中から開けてあげて「あ、どうもすみません」「いえいえ、この鍵って開け辛いですよね」という日常会話が展開されたことは何度もある。その程度の簡単な話なのだ。それを、当時の長期滞在者は何分間もずっとオレたちがドアを開けようと苦労している騒動を、聞いていながら全く完全無視していたのである。

 たしかに宿の規則として「誰だかわからない人(主に現地の人)が訪ねて来てもドアは開けてはいけません」というものがあるのだが、オレたちはその時確実に日本語で「開かないですねえ」「どうなってるんですかねえ」と騒いでいたわけだし、もうひとつおまけに訪問者が誰だかわからなかったらすぐ近くにある窓から覗いて確認出来るようになっているのだ。PCから離れてほんの3歩あるいて窓から見てみれば、新顔の日本人宿泊者2人が困惑している姿が丸見えなのである。それを彼は、自分は中にいるのだし仲良しグループじゃない新入りの後輩が宿に入れなくても知ったこっちゃないな、どうせあいつらすぐに宿を出て行く奴らだしな、という判断で無視し続けたのである。

 日本人宿の長期滞在者というのは、例外の長期滞在者・善を除くと共通してこういう体質なのである。自分たち似たものグループだけで絆を深めて宿を取り仕切り、新しく入って来るものをかたくなに拒む。とりあえず宿泊者全員が気持ちよく過ごせるために笑顔の挨拶も簡単な話しかけも「面倒くさい」ためにしないし、逆に仲間うちだけの時は他の宿泊者が寝ている時間にも関わらず大声でバカ騒ぎする。食事に行くにしてもどこに行くにしても、グループ以外のメンバーは絶対に誘わない。そもそも挨拶すらしない。話しかけない。挨拶をされても話しかけられてもぶっきらぼうで適当。
 こういう奴らもバックパッカー、長期旅行者だと思うと、オレまでも自分が今現在バックパッカーであることを恥ずかしく感じてしまうほどである。

 過去の旅を思い出すと、ヨルダンのクリフホテル、トルコのツリーオブライフ、インドのパヤルホテル、タイのカオサントラベラーズロッジなどは日本人宿であるが気持ち良く過ごすことが出来た。エジプトのSファリホテル、パキスタンのRーガルインターネットイン、カルカッタのホテルPラゴンといった宿は逆に非常識人の巣窟であった。
 そう考えると、せっかく日本人旅行者がこぞって目指す日本人宿なのに日本人宿は50%の確率でろくでもないということになる。なんと残念なことだろうか。今回名前を出した宿についての意見はあくまで滞在当時のメンバーに対する個人の感想であり、現在の状況や宿の設備について述べているものでは一切ありません。

 つまり何が言いたいのかというと、日本を離れて遠い異国の地を巡っている仲間であるのだから、見知らぬ人間であってもお互い思いやりを持って気持ちよく旅をしましょうということを、言いたい。私はそれを言いたい。
 これからバックパッカーとして旅に出る予定のある人がいたら、ここで書いたような、旅を忘れた長期滞在者にだけはなって欲しくないと思う。それはダメ人間なのだから。そしてたとえずっと日本にいるとしても、あなたは旅を忘れた長期滞在者になっていないだろうか。

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