シグニチャーじゃなくてオートグラフ
書店にご挨拶に行ったり、レッドクリフ効果の三国志ブームに便乗してイベントなどに呼んでいただくと、本にサインを書かせてもらえる機会がある。
それはそうと、おそらくかなり多くの人が、小学生の時に「自分のサイン」というものを考えたのではないだろうか。もし将来自分が有名人になったらこんなサインを書くぞ! ということで蓄えてあるものが大抵誰にでもあると思う。そして、当然のごとくオレも自分のサインを考えたものだ。
それならば、もうここぞとばかりその少ないチャンスに子供の頃考えたクネクネっとしたサインを書いてやれ!! 浜松のいじめられっ子だった少年の夢が遂に、20年越しに現実のものとして実を結ぶ時それが今!! といきたいところだが、しかし今までオレはその子供サインを使ったことがない。いつも書いているのは、なんの芸もない崩してもいない横書きの楷書体の名前である。お母さんがパンツや上靴に書いてくれるような、教科書通りのごく普通の文字である。
ここでいきなり話は変わるが、タイのバンコクで世界中から旅行者の集まるカオサンストリート、そのカオサン地区は日本から近いこともあって、日本人の集まる宿のしかもひと部屋にいくつもベッドがぶちこまれたドミトリーには、実にバラエティに富んださまざまな人間が同居しているし入れ替わり立ち替わりしている。
オレが滞在していた時のルームメイトは、大学生にコックさんに大道芸人、これからインドへ民族音楽の修業に行くミュージシャンに高校の先生に写真家を目指す元キックボクサーに定年後の白髪のおじさんに、そしてさらに、1泊だけ一緒になった、「インディー・ジョー」の異名を持つ考古学者のジョーさんだ。
カオサン地区は時々日本人同士の殺人事件も起こるけど、人脈を広げるには最適な場所かもしれない。これだけのバラエティに富んだ人々、ダメな奴もいれば将来の大物もいるはず、そして殺人犯も紛れ込んでいるなんて、東京の異業種交流会よりももっと可能性を秘めている場所それがカオサン地区ではないだろうか。
考古学者のジョーさんという人は、一度話し始めると2時間は止まらないという、しかし「オレはヘンな奴じゃない!」と言い張る変な人だ。初対面の時彼は、「インディージョーンズなんて洞窟に入って宝を探し出したり大きい岩に追いかけられたりしてるけどさあ、あんな考古学者いるわけないだろ!」とボヤいていた。オレも考古学者といったら白人と殴りあったり戦車と戦ったり不老不死になることが出来るイエスの聖杯を探してナチスと争ったり最新作では宇宙人の謎を解いたりするイメージがあったので、実際はひたすら毎日土を掘っているかひたすら毎日文献や論文とにらみ合っているかどちらかだというのは意外であった。
しかし一度話し出すと止まらなくしかもこちらから口を挟むのも至難の業なので、ジョーさんとの話はかなりの精神力を使うのだが、いつもいつも50万年前から現代に至るまで地球の歴史を余すところなく語ってくれるため珍しく日本に帰ってからもちょくちょくお茶などをしてお世話になっている。先月もお会いしたのだが、ためになる中国史と日本史のお話を聞きながらファミレスでミルクティーを飲み気付いたら6時間経っていた。男2人でファミレスで6時間(しかも沈黙一切なし)は、さすがに変人同士でないと過ごせないだろう。
ここまでが前置きなのだが、そのジョーさん、何冊か本も出していて、あちこち講演会などにも呼ばれその講演では自分の著書にサインを書いて販売することもあるという。
で、ある日ジョーさんが神田の古本屋で古い文献のリサーチをしていたところ、たまたま自分の本が2冊並んでいるのを見つけたそうだ。ところが2冊とも同じ本であったのだが、なぜか片方は100円で、片方は50円で売られていたという。この50円の差はいったい何か? と気になり、手に取ってみたところ、1冊はジョーさんの直筆サイン入りであり、もう1冊はサインが入っていなかったのだ。それが値段の差となって表われていたのである。
しかし!!!
普通はサインがある方が100円、サインなしが50円だと思うだろう。
ところが!! 違うのである!!! 何も書かれていない方の本が100円で、ジョーさんのサインが書かれている方の本が50円だったのである!!!
この話を聞いて、オレはもんのすごーく悲しくなった。
……ひどくないか? あんまりじゃないか?? せめて同じ値段にしてあげようよっ!!! サインがある方が安いってそんな残酷な話があるかっ!!! 完全に著書をおちょくってるだろてめえ古本屋!!!
これは悲しい上になんとも背筋が寒くなる話である。
このジョーさんの辛い経験を踏まえて、オレは自分のサインに、子供の頃に考えたくしゃくしゃっとした芸能人風サインは決して使っていないのである。だって、やっぱり自分の本が古本屋に並べられて、その時サインをした方の本が安く値段がつけられていて、そしてそのサインが芸能人風のカッコつけたサインだったらものすごく恥ずかしいじゃないか!!! あ、こいつ調子に乗って凝ったサイン考えてるけど、でもサインなしの本より安くされてやんの!!! あははっバカじゃねえのっっ(笑)!!!! ダセえなあっ!!!! この調子に乗ってるサイン写メールで撮影してみんなに送ってやろ!!! ……なんていう展開になるかもしれないじゃないか!!!!
そんなわけでオレはサインを書く機会があってもまだまだ全然控え目に名前だけを書くのである。それになんかそういう控え目な感じの方が、謙虚で良い人だと思われそうじゃないか。すぐ読めるし。芸能人みたいな中央集権型のサインだと、ラーメン屋に貼ってあっても誰のサインだかわからない。その点シンプルサインならば、ラーメンを食べているお客さんからちゃんと名前を認識してもらえるのだ。
ちなみに、自分のサインの価値を計る手段として、自分で自分の新品本にサインを書いてヤフーオークションに出品してみるという方法がある。これで定価1300円の本に2000円ぐらいつけば、自分のサインには価値があるということになるしお金も儲かって2重の喜びだが、逆に500円で落札されたり、最悪の場合入札者0で出品期間が終了するようなことがあったら2重の悲劇であり、絶望の淵に沈み1ヶ月は立ち直れないことが予想される。だからそんな事はできん。
よく考えたら、キムタクなんかは自分で色紙にサインを書いてキムタクのサイン色紙をオークションに出品すれば、いくらでも稼ぐことが出来るんだな。服を脱いで「キムタクが着ていた服」を出品しても凄い値が付くだろう。こうなったらオレも色紙に勝手にキムタクのサインを書いて、「キムタクのサイン色紙」ということで出品することにしよう。
« SiCKO | トップページ | オフ会に行きました »